京都・大原。
その名を口にするだけで、千年の都の外縁に息づく静謐な気配が立ちのぼる。山々は幾重にも重なり、棚田には四季の光が降り注ぎ、谷を渡る風は人の営みと自然の呼吸をそっと結び合わせる。そこには、単なる自然ではなく、長い時間をかけて人と土地が互いを磨き合い、折り重なるように形成してきた“日本の原風景”がある。

この地に佇む一軒の山荘を、東邦レオが新たな“旗艦”として選んだという事実は、単なる不動産取得の枠を超えた深い意味を帯びている。東邦レオ代表取締役・吉川稔が初めてその地を訪れた瞬間、彼は「景色そのものに心を奪われた」と語る。彼は続ける。

「京都の奥座敷にあり美しい田園が広がる景色は、まさに日本の原風景でした」

市街化調整区域という制約は、むしろこの景観が未来にわたって守られる保証であり、企業が長期的な視座で投資するに値する稀有な条件でもあった。そして、ここで問われているのは、土地の広さでも、建物の価値でもない。
“なぜ、この景色を買うのか”という核心である。

旗艦店という思想──kudan house そして大原へ

東邦レオは、都市緑化の老舗企業として半世紀以上の歴史を持つ。しかし2016年に吉川が代表取締役に就任して以降、同社は単なる技術提供企業から、「空間を通して企業哲学を体現するブランド」へと進化を遂げ続けている。

九段ハウス 歴史的建築を文化の拠点へと昇華させた「九段ハウス(kudan house)」

その象徴が、QUIET j.でも紹介している九段下に静かに佇む洋館「九段ハウスーkudan house」である。老朽化した歴史的建築を蘇らせ、庭を再生し、知的富裕層や外資企業が集う文化拠点へと昇華させたこのプロジェクトは、同社の理念を世界に示す“旗艦”として機能している。その成功は、企業が「場所」を通して思想を語り、文化を育み、未来へと価値を継承するという新たな可能性を示した。

その延長線上に、今回の大原の山荘がある。
吉川が大原に見出したのは、単なる景観の美しさではない。それは「日本庭園が持つ“時間性”」である。日本庭園は、永遠に完成しない。苔は季節とともに色を変え、石は雨風に磨かれ、木々は年輪を重ねながら姿を変えていく。庭とは、時間が流れれば流れるほど深まり、成熟し、風景そのものが企業の思想を語り始める“生きたメディア”なのだ。

九段ハウスでその価値に気づいた吉川は、次なる舞台として、より大きな時間の流れを受け止めることのできる土地──大原を選んだ。

大原という土地が持つ文化的深度

大原は、単なる里山ではない。
古来より、都の喧騒から離れ、静けさを求める人々が身を寄せた地であり、修験の文化、農の営み、そして祈りの時間が折り重なってきた場所である。ここには、人の手が自然を壊すことなく寄り添ってきた歴史、風景そのものが文化資源であるという思想、“静けさ”が価値となる日本独自の美意識。そんなまさに日本の原点が息づいている。

吉川がこの地を選んだのは、単に美しいからではない。この土地が持つ文化的深度が、企業の未来像と響き合ったからである。

草木が生える茶室 屋根の草木さえも活かして再生の道を模索する茶室

約1万平方メートルにおよぶ敷地には、山荘、迎賓館、そして庭が静かに点在する。改修はまだ途上にあるが、すでに音楽イベントや文化的催しが開かれ、土地が持つ潜在的な力が少しずつ目覚め始めている。この場所は、宿泊施設でも、観光資源でもない。日本の原風景を未来へと継承し、企業の美学を空間として結晶させるための“舞台”なのだ。

“景色を買う”という言葉は、軽く聞こえるかもしれない。しかしその実、そこには景観を守り、文化を育み、時間を味方につけながら企業の存在意義を問い続けるという、深い覚悟が宿っている。

例えば大原山荘にはもはや屋根には草木が生えて朽ち果てつつある茶室があるが、吉川はこの茶室も「日本庭園の貴重な象徴」として、建て替えるのではなく、建屋やそこに生える草木も活かして再生する方法をプロの庭師、建築家達と模索している。時代と時間と空間を継承する。まさにサスティナブルな取り組みだ。

それは、東邦レオが次の半世紀に向けて掲げた静かな宣言である。そして、日本の美意識が未来へと受け継がれていくための、新たな礎となるであろう。

END